新しい住まいに引っ越して母を引き取り在宅介護がスタート。準備して覚悟していたつもりでしたが、在宅介護は想像以上に大変なものでした。
左半身麻痺の母を引き取り6年間続いた在宅介護
2年間お世話になった施設を退所し、母と私(娘・いとり)と息子(小学生)の3人暮らしをすることになりました。
新しい住まいは古い築数十年の平屋建て。車椅子で出入りできるように家の周辺の工事も完了。室内には介護用ベッドや手すりなども設置。準備万端で新たな生活をスタートさせました。
結果として母の在宅介護は約6年間続きました。世の中にはもっと何十年も在宅介護を頑張っている方もたくさんいると思います。

この6年という期間は私にとって、人生で最も大変で過酷な日々になりました。楽しいことや母から笑顔をもらったこともたくさんありますが、それまでの価値観を大きく変える経験にもなりました。
施設を退所した当時の母の体の状況はこんな感じです。
- 日中は体調が良ければ車椅子に座ってテレビを見たり雑誌を見たり
- 体調が悪い日は1日ベッドで横になっている
- 寝た状態から自力で起き上がったり座ったりするのは不可能
- 自力で寝返りもできない
- 体調が良いときは介助があれば車椅子でトイレに行ける
- 体調が悪いときは排便はおむつに
- 排尿は体に繋がったバルーンへ(袋に尿を溜めていく)
- 車椅子に座れる日は右手でスプーンを使って自分で食事ができる
- 座れない日はベッドで介助しながらの食事 など
- 会話は口の左側の麻痺のため少し不明瞭(意思の疎通はできる)
- その他にも心臓疾患、糖尿病、高血圧、膣ろうなどの持病あり
在宅看護といっても看護する相手の状況はさまざまですが、私の母の場合は意思の疎通ができることや、体調が良い日は比較的お世話がラクになるのが幸いでした。
この頃には母も自分の体のことを理解していて、娘である私にいつも感謝の言葉をかけてくれていたので、良好な親子関係であったことも救いだったと思います。

また母の1週間の暮らしはこんな感じでした。(記憶が曖昧なので違っていたら申し訳ありません)
- 週に3回デイケアへ
- デイケアではリハビリを受けて入浴もしてもらう
- デイケアの日は午前10時にお迎えが来て夕方16時頃に帰宅する
- 週に1回在宅看護で看護師さんが来てくれる
- 看護師さんにはバルーンの取り換えや体のお世話のサポートをしてもらう
- デイケアへ行かない日は自宅でテレビを見たりして過ごす
- 体調が悪い日はデイケアはお休みする
私は上記の母の予定に合わせて行動していました。息子は小学生になっていたので、母のお世話も随分と助けてくれました。
自宅に体の不自由なおばあちゃんが来て一緒に暮らし始めるというのは、息子にとっても衝撃的なことだったと思います。
幼いながらにとても気遣ってくれる子で、ワガママを言うこともなく、私も母も息子にはとても感謝していました。
また当時の私は在宅フルタイムで仕事をしていたので、母を介護しながら仕事ができたのも幸運でした。
買い物や外出の用事は、母がデイケアに行っている間に済ませるようにして、子供の学校関係のイベントや参観日などは、車椅子を押して母も一緒に連れて行くこともありました。
ただ子供の習いごとの送迎は夜が多かったので、そのときだけは母にお留守番をしてもらうことも。
トイレやおむつのお世話をして、母には危ないことをしないでねと何度も言い聞かせて、寄り道はせずに急いで帰宅するという感じでした。

子供の習いごとの送迎などは周りのママさんたちも助けてくださり、なんとか1日1日を過ごしていたのを思い出します。
母は食事やトイレが終わるとしばらくテレビなどを見て、8時頃にはベッドに入って就寝するという生活でした。
子供も低学年の頃は9時頃には寝ていて、私はそこからガッツリ集中して仕事をし、深夜2~3時に寝る生活が6年間続きました。
今思えば私も30代で若かったので何とかなっていたのかなと思います。当時は母を最期に看取るまではその生活が続くのだろうと覚悟していました。
しかし予想外のことが起きて在宅介護は終わることに。
母が留守番中に1人で転倒し、大ケガを負って緊急入院することになったのです。
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