病院を退院し、私の住む市内にある施設へ入所することになった母。この施設で母は約2年ほどお世話になることに。手厚くサポートで支えてもらいました。
一時施設で約2年間お世話に
病院を退院した母は、そのまま一時施設に移動することになりました。ケアマネジャーさんが福祉タクシーを手配してくれて、その車で移動しました。
施設について車椅子で扉の前へ行き、施錠されているのでインターフォンを鳴らして用件を言うと、すぐに職員さんが出てきてくれました。
優しそうな年配の男性で、母にも丁寧に挨拶してくれて、不安そうだった母も笑顔で挨拶を返してたのでホッとしました。
中に入るとまず母を部屋に通してくれて、ベッドに横にしていただき、オムツの状況などを確認して、疲れてるだろうから休んでくださいと言っていただきました。
私と弟は別室に通され、そこで入所の手続きをしました。たくさんの書類があり、説明なども丁寧で、手続きは1時間ほどかかったと思います。

入所したのは今から10年以上も前で、まだコロナなども流行する前だったので、面会時間に制限もありませんでした。
入所した日も好きなだけ母と過ごしていいと言われ、母が安心するように息子の幼稚園の医お迎えに間に合うようにギリギリまで一緒に過ごし、少しだけ罪悪感を抱きつつ施設を後にしました。
母が病院に入院しているときもそうでしたが、一緒に連れて帰ってあげられないのが親不孝な気持ちになって、帰りの車の中では寂しくて切なくて、どうしようもない無力感が込み上げてきました。
しかし後から周りの人に聞くと、病院を退院できずに時間だけが過ぎてしまう人も多いのだそうです。
タイミングよく施設に入れた母は本当にラッキーでした。とても良い施設で、何も心配することはありませんでした。
その後は時間を見つけて面会に行く生活が始まりました。

病院は往復4時間かかっていましたが、この施設は私の住んでいる市内にあって往復2時間だったので、以前よりも面会に行きやすくなりました。
行くのはほとんど平日の午後1時頃。そこから2時間か3時間ほど話をして帰るという日々。週末は土日のどちらかは息子を連れて会いに行き、たまに持参したお菓子を一緒に食べることも。
母は施設でリハビリも継続してもらい、2年間の間に、なんと専用の歩行杖を使って左半身を支えてもらいながら数歩だけ歩けるようになるまで回復しました。
足は立ったり歩いたりするリハビリのときだけ装具というものをつけていましたが、体調がいい日は排便もトイレでできる日もあったようです。
母は病院に入院していたときよりもすごく明るくなって、笑顔が増えました。
少しずつですができることが増えて、体力もついてきたのか、車椅子で過ごす時間も増えていきました。
入所して1年ほど経つと母を車椅子に乗せて、施設の外へ30分ほどお散歩に出ることもできるようになりました。
さすがに車に乗せて移動などは無理でしたが、30分だけでも外の風を感じるのは、母にとって楽しい気分転換になったようです。

のんびり車椅子を押して歩きながらいろんな話をしました。
母の入所していた施設は市の複合施設で、障がい者支援のお店なども入っており、そこではオヤツやパン、服なども売っていて、そのお店に立ち寄るのも母の楽しみになっていました。
左半身麻痺の症状は完全回復することはありませんでしたが、この施設で母は随分と回復し、以前のように「死にたい」などとネガティブなことも言わなくなっていました。
ただ部屋は4人部屋だったので完全にプライバシーを確保するのは難しく、やはりストレスはあったようです。
その施設には数は少ないものの個室もあったのですが、満室であったことと、個室に入れてあげられるような金銭的な余裕がなかったことで、諦めざるを得ませんでしたが、それは母にも話して理解してくれたようでした。
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